takeの日記

考えたこと 思ったことを 書き散らしていく

高と多 (1/2)

小が大を兼ねる時代

 

「学校の代表として恥ずかしくないよう行動してください」

 

誰しも1度は言われたことであろうこの言葉

 

遠足や工場見学、修学旅行の出発前に必ずと言っていいほど口にされる。

 

だが注意しても実際現場についてみると

いつもと違う雰囲気や環境、体験などに浮かれてしまう。

 

これは自分の気持ちや行動を制する事がまだできない低学年にありがちである。

 

 

学年が上がったり、進学したりすると余り言われなくなる。

自分を制し、律する事ができるようになるから。

 

そしてもう一つ   それは

 

一人の行動が全体の評価として見られる事を無意識の内に理解するようになった

                            これが大きいだろう

 

 

人間は何かに所属する生き物だ。

部活 サークル 会社 研究会 委員会 組合 町内会 etc.

 

友達同士の見えないグループだって当てはまる 

 

家族や宗教、国などの生まれたその瞬間から所属するグループもある

 

それは人間の習性であり、本能でもある。

そして現代社会の当たり前となり、欠かせない物にまで成長した。

 

日本人は特にその習性が強いように感じる。

 

グループの和を乱す者を許さない。異質な者を排除しようとする。

足を引っ張るものは切り捨てる。無駄を出す事を嫌う。

 

全体の評価が下がることを恐れる事が根本にあろう。

全体の評価は自分の評価でもあるのだ。

 

いじめ 村八分 辞任 クビ 追放 逮捕(これは自業自得だが)etc.

 

もっと広げると、謝罪や示談なども含まれよう。

なるべく事を荒らげ大きくしない措置だ。

 

悲惨なのは 許されず、排除され、切り捨てられ、嫌われた者達だ。

 

若かったり、資産があったり、志があったり、 

                   あるいはバカな者なら立ち直りは早かろう。

           だが立ち直れなかった者は?

 

  酒や色に溺れる 現実から目を反らす 非行に走る 暴力をふるう

              鬱など様々な病気になってしまうこともあるだろう。

 

 

解決策? 答えはとっくの昔に出ているだろう。

 

      「代表として恥ずかしくない行動をしてください」

 

        なにも社会の歯車になれというわけじゃない。

      学校で言われるこの言葉は歯車を削り出す為の言葉だが、

            僕が言いたいことは少し違う。

 

    「自らの一挙手一投足、一字一句に至るまで注意を払うべき」

 

 

    1対1なら簡単だ。相手の気分を害さないよう行動すればいい。

                が

              現実は複雑だ。

 

常に多方面から見られて、聞き耳を立てられ、記録されている。

 

全員が全員同じ趣味で同じ感性を持っているわけではない。

                        ならどう対処すればいいのか。

 

 

                           高と多 (2/2)に続く